江戸城の中を歩きたい(3)
不定期連載の第3回。
江戸城ゲーム制作の進捗状況は「表・中奥の2階部分のマップ作成」。江戸城こぼれ話は「江戸城のキッチン」です。
久々の更新ですが、江戸城を自由に歩きたいという情熱の炎は燃え続けております。たてめでございます。
前回の記事でも書きましたが、かねてより私は江戸城の「2階」に対しては、並々ならぬ興味を抱いております。
数年前までは、2階に関する資料が見つからず、そのことがさらに知りたいという欲求を高めていました。
そして資料を発見してからは、早く間取りを再現したいと思いながらも、まずは1階のマップを完成させるべく地道に作業をしていたわけです・・・が!
とうとうこの度、2階のマップが完成いたしましたー!ぱちぱちぱち!
完成した2階部分を目立つように色をつけたものが、下記画像になります。
壁は接していても色の違う部分同士は、2階内部から行き来することはできません。
特定の2階部分に行きたい場合は、対応する1階の階段を昇らないと行くことができないなんて、まさに迷宮。まるで新宿駅。
この先の作業としましては、1階部分の作業と同様に、まずは柱の位置を書き込みます。
その後、壁・障子・襖・杉戸の配置の書き込み、畳・板敷きの配置、床の間・棚・欄間の配置という順番で図面に書き込んでいく予定です。
2階部分の作業が完了したら、次はいよいよ大奥のマップの細かい作業に取りかかる予定ですが、いかんせん大奥に関する資料が少ないため、こちらも難航しそうな予感・・・。
現在作業している「表・中奥」については、やはり江戸城のオフィシャルな側面が強いので、資料も割と多く残っているのですが、「大奥」はただのプライベート空間というよりも、とにかく閉ざされた空間という意味合いが強いので、そもそも資料が外に出ること自体が少ないようです。
大奥の間取りや建設に関する資料は、建物の工事を担当した幕府の担当者が保存していた資料が数点現存しているようなので、公開されているものを元に、出来る限り正確に再現していきたいと思います。
原始の頃よりの生物の活動の源・・・それは食事。
江戸城の食を支えていたのは、主に「台所」「賄所」「膳所」と呼ばれる場所で、現代で言うところのキッチンです。
表・中奥・大奥には、それぞれにこのような調理スペースが設けられ、将軍や御台所そして役人達に日々食事を提供していました。
まずは表の調理場のお話から。
表には「賄所」と「台所」がありました。
賄所は台所に食材を供給する場所で、膳や椀などの食器も保管していました。
台所は、本丸に勤めている役人や大名達の食事を主に担当し、一般の役人などはここで食事を摂っていました。
いつの頃からか、台所人は台所で食事を摂る一般役人への料理を予算以下でこしらえるようになり、その差額を着服するようになりました。
もちろん老中など各自の詰所で食事を摂る上級役人には丁寧な食事が提供され、不正が行われていないか監視の目を光らせている目付には、予算相応の食事を提供しており、その悪行がバレないようにしていたそうです。
しかし、寛政(1789年~1801年)時代に、当時の老中の一人が抜き打ちで台所に食事を摂りに来たことによって、肝を冷やした台所人達の不正は止まり、どの役人にも予算相応の食事が提供されるようになったとのこと。
直接不正を咎めることなく、こんなにスマートな方法で長年の問題を解決するあたり、とても有能な老中だったんでしょうね・・・。
そして次は中奥のお話。
中奥には「御膳所」「御膳立ての間」「囲炉裏の間」がありました。
中奥の御膳所は、将軍専用の調理場でした。
ここでは、将軍とお小姓2名(相伴する)のための3人前の食事が用意されました。
御膳立ての間は料理の毒見をする場所で、異常がなければ囲炉裏の間で温め直されて、将軍が食事をするご休息の間の上段へと運ばれて行きました。
晴れて「異常なし」のGOサインが出ても、汁物などは囲炉裏の間で再度温めなおされるため、ここでも少し時間を要します。
そんな行程を経て、やっとご休息の間に居る将軍の元へたどり着いた料理・・・直前に温めなおされているため、冷たいわけではないけれど、焼きたてホクホクの魚を食べるということは出来なかったでしょう。
将軍の前に料理が出されるのは、おそらく調理されてから1時間は経過していたと思うので、漬け物やかまぼこなんかは乾きに乾いてそう・・・。立場上、毒見なしの食べ物を食べるわけにもいかないし、いくら素材の良い料理でも作りたてを味わえないのは辛いところですね。
最後に大奥のお話。
大奥には「御広敷御膳所」「奥御膳所」がありました。
将軍の妻である御台所の食事を調理するのは、大奥の敷地内にある「広敷向」という男性役人が務める区画にある「御広敷御膳所」でした。
広敷向には、焼物場や膳所などを含むおよそ200坪ほどの調理場があったそうで、ここでは10人前(御台所用9人前+毒見用1人前)の食事が用意されました。※御台所は決して大食いなわけではなく、マナーの問題もあり、食事は7~8人前ほど残して御中臈などにあげてしまいます。
御広敷御膳所で料理が用意されると、知らせを受けた御広敷番頭が出向いて毒見をしました。毒見に関しては、中奥と同じようにある程度の時間を要したことと思われます。
そこで問題がなければ、大奥の御殿向と広敷向との出入口である「御錠口」へと料理を運んで、奥女中に渡しました。
御殿向側で料理を受け取った奥女中は、それを「奥御膳所」へと運び、そこで調理を担当している御中居(※)が料理を温めたり盛り付け直したりします。
その後、御殿向側でも中年寄(※)によって毒見が行われ、GOサインが出たら御中居が御次(※)の控室まで運び、御次が御台所の住居である「新御殿」にある「ご休息の間」の入口まで料理を運んで、御中臈(※)へと渡します。(※)は奥女中の役職
ここでようやく、ご休息の間で待機している御台所の前に料理のお膳が置かれることになるわけです。
一般の家庭(庶民)と違って、自ら料理をするわけにもいかず、離れた場所で作られた料理を食べるしかない立場というのも辛いものがありますね・・・。
私個人的には超猫舌なので、普段から出来立ての料理は熱くて食べることができないため、将軍や御台所に提供されていたような温度の料理がちょうどよさそうな感じはします。
現在ねこじたヴィレッジに新たに加わる予定のジャンル(サイト)の作業も並行して行っているため、なかなか江戸城ゲームの作業が進んでいない状況です。
しかししかし、冒頭でもお伝えしたとおり、江戸城への情熱は持ち続けております。
少しずつゆる~くでも進んでいますので、みなさまこれからもゆる~くおつき合いくださいませ。
「Zomboid内江戸城再建日記」シリーズ
ゾンビ0の「Project Zomboid」内で、のんびり江戸城を再現します。間取り好きによる趣味の世界です。